「不治の病」といわれた結核はいまだ制圧されず?
かつては「不治の病」として恐れられた結核。
ふだんあまり耳にすることもないだけに、とっくに制圧された過去の病気と思いがちですが、今でも多くの人が感染する怖い病気です。
「不治の病」として恐れられた結核
時代劇などでは「労咳(ろうがい)」と呼ばれ、「死病」として描かれることの多い結核。
なかでも幕末、長州藩で奇兵隊を組織した高杉晋作や新撰組の沖田総司が結核を病んでいたことは有名な話です。
結核は貧困生活とよく関連づけられるようですが、例えば文豪・森鴎外や俳人・正岡子規など、貧しさとは関連がなさそうな当時の文化人も結核の犠牲になりました。
結核は結核菌によって引き起こされる病気です。
結核菌は人がくしゃみやセキをすることで空気中に撒き散らされ、フワフワと漂っている菌を他の人が吸い込むことによって感染するといわれます(空気感染、飛沫核感染)。
換気が悪い狭い空間などは感染のリスクになるようです。
ただ吸い込んだ結核菌のほとんどは鼻やのど、気管支体の繊毛の働きで体外へ排出されます。
握手をしたり同じ食器を使ったりということでは感染しないといいます。
結核菌が体内に入り込んで増殖する場所によって、肺結核、腎結核、骨関節結核(脊椎カリエス)などを引き起こすとされます。
日本では肺結核が約8割を占めているということです。
かつて結核は日本人の死因の第一位
結核は明治時代以降も「国民病」「亡国病」として恐れられ、昭和20年代まで日本人の死因の第1位でした。
例えば昭和25(1950)年の結核による死亡数は12万人以上もいました(厚生労働省「結核の死亡数及び死亡率の年次推移」より)。
その後、治療薬の開発やBCGワクチンの普及などによって結核の患者数や死亡数が激減しました。
とはいえ2021年の国の統計では、まだ1,844人もの人が結核で亡くなっています。
ところで結核菌に感染したからといって必ず結核を発病するわけではないようです。
健康であれば免疫が働いて小さな「核」を作り、結核菌をおさえ込んでくれるのだそうです。これが結核という病名の由来だそうです。
発病しないで抑え込まれた結核菌は、いわば「冬眠状態」に入るそうで、そのまま10年から数十年を体の中で過ごすといわれます。
そのまま発病しないで感染者が亡くなったり、免疫によって結核菌が死滅したりすることが大半だそうです。
過去の病気ではない「白いペスト」の怖さ
ただ免疫力が低下したりすると結核菌をおさえきれなくなり発病することがあるそうです。
例えば加齢、糖尿病や低栄養、抗がん剤、大量飲酒などで免疫力が低下した状態では発病率が高いといわれています。
若い世代でも長時間の残業や不規則な生活、極端なダイエットなどで免疫が低下することも発病の要因になります。
厚労省の統計でも20歳代の結核の患者数(2021年)は930人で全体(1万1,519人)の8.1%、30歳代でも597人(5.2%)います。
また結核は人口の集中や都市化とも関係が深いとされ、東京や大阪などの大都市圏で罹患率が高くなっているようです。
ちなみに19世紀のヨーロッパでは産業革命による人口の都市への集中と労働環境の劣悪化で結核が蔓延したそうです。
当時、結核は「白いペスト」と呼ばれ、恐れられたといいます。
中世ヨーロッパを震撼させたペストが「黒死病」といわれたのに対して、結核患者の皮膚が透き通るような白さだったことがその由来のようです。
人類が地球上から撲滅できた感染症は天然痘のみです。
感染症の多くはひそかに大流行の機会を狙っているに違いありません。
<参考>
*「2021年 結核登録者情報調査年報集計結果」(厚生労働省)
*「古くて新しい感染症、『結核』にご注意を!」(政府広報オンライン)
*「今も忍び寄る白い陰影“結核”」(京都府保健環境研究所だより82号)
*「結核は昔の病気ではありません」(仙台市医師会第453回市民医学講座)