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記憶から消えてもいまだ健在な「脚気」とは?

かつては結核とともに2大国民病といわれた脚気(かっけ)。

近年は患者数も激減。馴染みのない病気となりました。

とはいえ絶滅したわけではなく、飽食といわれる現代においても脚気はしぶとく生き延びているようです。

 

忘れられた「脚気」という病気の怖さ

野菜が極端に少ない弁当を食べ続けて脚気(かっけ)になったという人の記事が新聞に出ていました(東京新聞/6.18)。

今では忘れられた脚気という病気が、まだ健在だったことに驚いた人もいらっしゃるのでは? 

脚気になると末梢神経や中枢神経がおかされ、全身の倦怠感に手足のしびれ、足のむくみなどがみられ、足元もおぼつかなくなり、重症化すると心不全を起こして死に至るといわれます。

脚気はビタミンB1が欠乏することによって起こる病気で、江戸時代ごろから流行し始めたようです。

 その理由は日本人独特の食生活と白米にあるとされています。

 

「江戸わずらい」と呼ばれた脚気

それまで主に玄米を食べていた江戸の人々に白米を食べる習慣が広がり、そのおかげで脚気は「江戸わずらい」と呼ばれるほど流行したといわれています。脚気で亡くなる人も少なくなかったようです。

 白米と脚気にはどんな関係があるのでしょうか?

 江戸時代のころは、ごはんにみそ汁、漬物といった一汁一菜が食事の基本。主食のごはんをたくさん食べておなかを満たしていました。

ビタミンB1は玄米の胚芽部分に多く含まれますが、精米するとそのほとんどが失われてしまいます。玄米100g中のビタミンB1は0.41mgなのに対して白米にはわずか0.08mgしか含まれていません。

ごはんをそれまでの玄米から白米に変えた江戸時代の人々は、結果的にビタミンB1欠乏症といわれる脚気になってしまったというわけです。

 

飽食でも栄養不足という不思議?

 そんな脚気ですが、今でも現役の病気として健在なことは先の新聞記事でもお分かりかと思います。

 ビタミンB1は、食べ物から摂取するしか方法がありませんが、水に溶けやすく、汗や尿に混じって排泄されやすいので不足しがちといわれます。

 飽食といわれる現代でも脚気の危険はひそんでいます。例えばインスタント食品やスナック菓子などで糖質を多く摂り過ぎたり、無理なダイエットによる栄養のアンバランス、さらに日頃から野菜が少なく揚げ物ばかりの弁当、お菓子やケーキをごはんがわりにしているといった人は要注意。

ビタミンB1が多く含まれる食品には、豚肉や玄米、小麦、ウナギ、大豆などがあります。

 

文豪・森鴎外が脚気に深く関わっている?

 ところで、白米と脚気の関係について、明治時代には陸軍と海軍の間で激しい論争となりました。この頃はまだ脚気の原因がビタミンB1の欠乏にあることは解明されていませんでした。

 当時は白米がごちそうで、軍隊に入れば白いごはんがおなかいっぱい食べられるということで、地方から多くの若者が集まったそうです。

 ところがこうして入隊した元気な若者が脚気を患い、多くの兵士が亡くなったといいます。特に陸軍でそれが顕著だったようです。

 当時、陸軍の軍医だった森林太郎(森鴎外)は、脚気の原因は細菌感染による伝染病だと考え、白米食を継続したといいます。

 一方、海軍の軍医・高木兼寛は、脚気が欧米では見られないことから、食事が関係していると考え、白米から麦飯に変えました。

 これらは司馬遼太郎氏の小説『坂の上の雲』に教えられました。

 

脚気は今でもゼロではない?

その結果はどうなったか? 日清戦争(1894〜1895年)では海軍の脚気による死者はゼロなのに対して陸軍では4,000人以上が死亡しました。日露戦争(1904〜1905年)においても海軍の脚気による死者はわずか3人。陸軍の死者は2万人をはるかに超えるものだったそうです。

白いごはんがごちそうだった時代の悲劇といえるかもしれません。

 白米を好み、主食とする日本ではビタミンB1欠乏になりやすく、脚気は長い間、結核と並び国民病として日本人を悩ませてきました。近年でも脚気による死亡が数人程度、報告されているようです。

脚気という病名は忘れられても、脚気が絶滅していないことは確かです。

 

<参考>

*「脚気の発生」(農林水産省)

*「統計データを駆使したナイチンゲール!」(総務省統計局)

*「脚気にならないためには」(長崎県保険医協会)

*「心の病気を治す 食事・運動・睡眠の整え方」(翔泳社)

 

プロフィール

医療ライター
中出 三重

株式会社エム・シー・プレス勤務(医療ライター・編集者)

*出版社勤務、フリー編集者を経て、企画・編集室/株式会社エム・シー・プレス勤務。

*女性を取り巻く医療と健康、妊娠・出産・育児の他、予防医学、治療医学などを中心に、多くの単行本を企画・編集・執筆。

*楽しく食べること、おいしく飲むことをこよなく愛する。休日の楽しみは公園ごはんと街歩き。

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